その名も「炒家(CHA-YA)」 帰ってきた食べテツのジジイ ( 70代 )

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ダバオ通信  ヤン爺のラストライフ・ダバオ 

 

Last Life Shift In Davao Philippines

後編 フィリピン社会に戸惑う ダバオ隠居物語

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    ┏━━┫        「団塊 百年の孤独 老いの抗い      ┣━━┓

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    ┗━━━┛      2018年07月15日             ┗━━━┛

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フィリピン人は オープンで

シャワーでも 体を隠さない

トイレのドア開けっ放しで

普通にパンツ降ろして ジャーって

最初は びっくりしますけど

平気 そういうもん なんだなって 

ドア開けっ放しで しゃべり続けていた

フィリピンの女を 好きになるだけなら

プライドなんか放り捨てて バカになれば いい

コイツ・・ ヤばいんじゃないか? とか

おかしなヤツだなぁ・・ と 感じる女こそ

真面目に あなたを好きなんじゃ ないか 

うまみの効いたセリフや 

ユーモアなんかを 織り交ぜて

美人で カッコつけて 話しかけてくる女は

ホンキで あなたを 好いていないものだ

「オヤジや ジジイって 好き」って

なんか ヤってくれるよな ヤらかしてくれるよ

ホンキで 男を 好いたら

カッコつけてなんか いられないもんだ

女は 男を好きになると すぐに抱きつく

男の胸のなかにしか

『真実』って もんは ないからね

でも あなたの勘違いって いうか

想った 女じゃないことも ある

そんな時は そのまま相手を

その場に 置き去りにすれば いい

あんた それ 若いモンだから 出来るんだろ と・・

なんか 昔の方が 良かった なんて 思ってない

「昔のほうが 面白かった」って だったら

これまで 生きてきた意味も これから生きいく価値もない

今日よりも 明日の方が もっと 面白いんじゃない? 

そんな生き方の ジジイのほうが 素敵に見えますよ

そうでしょ 

女とは 童心に還り 無邪気に遊ぶということです

しわが あってもいいし お腹が へこんでいなくても いい

谷間が なくたっていい 無理なんか していない女

けっして 美人じゃないが 女は そのままの姿で 美しい

そこに 女の愛嬌が 表に現れない女は ダメだよ

女の愛嬌と遊べない ジジイじゃ ダメだよ

可愛いキャラクターを 見たら

みんな『キティちゃん』と 呼ぶんだよ

ま こういう可愛い間違いは 女は 大好き

思わず 大笑いして 女が 惚れそうにもなるよ

それが オヤジから ジジイへと成長する 正常な 証し

ジジイだったら そんな事 百も承知のすけ

今は ジジイのほうが 熱い純愛をしてる

あんたといると 面白くて 愉快で 楽しいなぁ〜

世間の煩わしい ストレス取り除いてくれる 

くったくない笑顔の豊満女 

女は 愛嬌 いいじゃないか

もう 老い先短いんだから 

いくらでも 狂っていいんです

そのうち 狂いたくなくても 

狂るわざるを えないような

前頭葉』の萎縮が 待ち受けて いるんだから

狂気を膨張させるのは 今なのです

女を 好きになるなら 思いっきり 今ですよ

フィリピンの女は 

天才的な ジジ殺しという噂もあります

気さくというか 物おじすることなく

下の名前や ニックネームで 呼んでしまう

呼び捨て? 常識外れにも見える なれなれしさが

ジジイの男心を くすぐっているぞ

ま 腹上死だって 天国行きの副作用

「殺してよ 愛してるなら・・」

フィリピン女に 先を越されないように

知らなかった事ほど 面白いものは ない

経験することほど 愉快なものは ない

どこまでも広がる青い空に 青い海

ジリジリ照りつける太陽の光も また良し

イチバン美味しいカンパイ!は 南の島にある

ジジイは 夏休み中

フィリピン ダバオに住み始めてから

自分に正直に生きて いいんだ と知った

カッコつけなくなった ということです

本音で 生きられます

好きな人ができる日は 未来のはじまり 

未来のはじまりだよ

自分でも 怖いぐらい 動物的でいられる

素の自分で 自由に振る舞うことが できる

「自分が 自分でいられる場所」が できたことが

なにより うれしいのです

便利な時代にあって

「てまひま」かけて 毎日を過ごしています 

今日もダバオにいます ごきげんよう ヤン爺です

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女が命の フィリピンも いいのだが 

ふんわり パラパラ チャーハン命

おいしく作れないのは ダメ人間? だって

チヤーハンは 日本独自の中華料理になっていた

自らの五感を フル稼働して これまで 食べてきた

料理店毎の それぞれの特徴を 憶い出している

手早く 安く うまい そのわからなさを 持ち帰って

自分の中で 時間をかけて 咀嚼して 再現できたら・・

家庭にあっての チャーハンは

当たり前の 空気のような存在から

本格を楽しむ 特別な存在になれば

食生活も豊かになるし 毎日が楽しくなる

極意を求めて パラパラの探索を 始めた

冷や飯は使えないのか 火力はどうする 

卵コーティングは 正しいのか

油の量は 鍋は 具材は・・

フィリピンの米で ふんわりとほぐれる

「パラパラ」チャーハンが 作れるのか?

チャーハンと いえば「パラパラ」

その軽やかな食感を 実現するには

強い火力で 中華鍋をあおることが 不可欠

それじゃ 家庭では 無理 そんなふうに 思っていた

強火の業務用コンロに ガシっと中華鍋を セット

油慣らししたのち さらに適量の油を加える

よく溶いた卵を入れ ひと呼吸おいて ご飯を投入

鉄製の中華おたまで ご飯を ほぐすように混ぜ

中華鍋を前後に動かして あおる 激しくあおる

細かく刻んだ具材を入れ さらにあおって 

飯粒を宙に踊らせつつ あっという間に 仕上げる

中華料理店や テレビで目にする

プロの料理人たちの 迷いのない鍋づかいです

厨房に 勢いよく立ちのぼる炎

料理を待っている間

厨房から 休むことなく聞こえてくる

シャッシャッシャッ ゴウンゴウンゴウン

中華鍋が レンジに当たる音が 空きっ腹に

とても 心地良いリズムで 聞こえてくる

中華おたまで 素早くかき混ぜる動きと

カシャカシャと 小気味のいい音が 響き渡る

飯粒が 湯気を上げ おたまに移して 皿に盛る

パラパラ・チャーハン 目の前に ハイ! お待ち

強い火力で チャーハンを あおることが できない

チャーハンすら まともに作れないヤツは 人間失格だ!

叱責される ダメ出し 人間性まで 全否定されてしまう

パラパラのチャーハンが 作れない 若い料理人

なに「イジイジかき回してんだ」 の声が 突き刺さる

そこまでいわなくて いいのに というぐらい 罵倒される

炎と掛け声 汗が飛び散る戦場 中華料理店の厨房

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チャーハンの「チャー」の字は 漢字で書くと「炒」

この 炒めるという字は 火へんに少ない と書く

この 少ないは 時間が少ないの 意味だった

火を使う時間が 少ない

短時間で加熱する料理 ということです

チャーハンを パラパラに作るというのは

余分な水分を 無くすかということです

炒める時間が長いと ご飯の細胞が壊れ

水分が出て ベタベタになってしまう

短時間で 加熱するには? 必要なのが 火力

中華料理は 火が命 といわれる 火力の差とは 

なんなのでしょう?

業務用の強火は 熱の供給力が多く

フライパンが 冷える間を与えずに 温め続け

常に 熱い状態を保つことが出来る

家庭コンロの弱火だと 熱の供給力が少なく

材料を入れるたびに 鍋が冷めてしまいます

業務用火力は 2〜3万kcalもあります

家庭用の火力は およそ4000kcal

チャーハンを 炒めるのに

理想温度は 230℃といわれます

家庭用コンロでは その温度を

維持持続することが 出来ません

お店の料理が おいしいのは ここにある

業務用コンロの強力な火力を 手にしていない

家庭用コンロの 弱い火で 作るのだから

どうやっても お店で食べる チャーハンのように

パラパラに仕上がらない それどころか

ご飯が ベチャベチャになって

鍋底に くっついてしまうことも 多かった

家のチャーハンだから こんなもんと 諦めていた

中高時代は しっちゅう腹が 空いていたもんです

チャーハンのつもりで 冷や飯を使い 作っていた 

満足なものなど ついぞ作れず いまに いたっている

「いつか 炎の使い手に なってやる!」

その思いだけは あったが 未だ 果たせていない

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ほんとは「家事は まったくやりたくないのです」

怠け者で 買い出しや 外食以外は

家から出ることもない 同じ場所に ずっといて

ボーッとしている のが いいんです

独り暮らし 70代に入り 生きる為の 自炊を続ける

大変です それは やってみないとわからないことです

でも 体を動かす労働の醍醐味 知恵やアイデアを ひねり

工夫して 暮らす楽しさは やれば 色々な事に 気づける

都会の暮らしでは 時間が 無かったから 気づかない こと

チャーハン作り 克服できれば 食が 楽しくなる

まず 炒めるというのが 単純では なかった

火口からの距離 鍋の材質や厚み

コンロの火力 炒める材料の状態によって

刻一刻と 鍋の温度が 変わっていく

「均一の熱」を 維持するのが 刊どころ

飯粒や卵への熱の伝わり方は 毎回変わってしまう

ご飯と卵や油が どの程度からむかも 一定しないので

味や食感が その度に変わる 無論 完璧には 程遠い

そうして作った チャーハンを前に 悩んでいた

人為的な部分でも 難しい面が ある

中華おたまの 動かし方に したって

毎回 同じように やっているつもりでも

均一に おたまを 扱うことが できない

すべてが連動している たがいに影響を及ぼしあって

最終的に美しく おいしいチャーハンに仕上がるのだ

アツアツのチャーハン 鍋の中は 灼熱の世界

渾然一体として とても動的なのです

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ごくシンプルな 基本チャーハンから始める

材料は 油とご飯と卵とネギ

要素が 少ないぶん うまく仕上がる はず?

いざ 取り組んでみると 複雑で 実に悩ましい

試食してくれる人が いても 頼りにならない

たいてい 気遣って「おいしい!」と いうし

「まあ まあじゃね?」と つぶやく人は

腹が 空いているだけで「もっとないの?」と 

おかわりで 腹が満たされたら 旨かったと満足してる

ですから 味見人に 期待は できない

そんなわけで 自分の味覚を頼りにし

悩みつつ 主観的に判断していった

素手で踏み込むのは あまりにも 無謀だった

少なくとも それなりの 道具が 必要だろう

チャーハンを パラパラにするには

何か 必要なのかが 少しずつ見えてきた

そして 入手できた鉄鍋 

これを なんとか 使いこなし

シンプル・チャーハンに 取り組む

試作錯誤しては メモに残し

また 試作をくり返しながら

ちょっとずつ 前に進んできた

しかし 明確なレシピが いまだ 決まらない

ところが 

そんな焦りのピークで 予期せぬ発見があり

家庭用コンロの 弱い火力でも

パラパラチャーハンを 作る方法を見いだした

家庭用コンロでは 鍋をあおらない

卵で ご飯をコーティングする

油は やや多めのほうが うまく仕上がる

ネギは 火を止める寸前に投入すれば 香りが立つ

パラパラ しっとりの 邪魔をするのは 調理時間だった

それって 常識の羅列だよ そう云われれば 俯いてしまう

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みなさんは 

至高のパラパラチャーハンを 食べたことが あると思う

卵が 見事にコーティングされた パラパラの炒飯

ネギと油の風味が 食欲をそそり 思わず かきこむ 

中華鍋の熱気が伝わる その一品 文句ない一皿

パラパラは

飯粒同士が くっついていない状態を 示している

飯粒が バラけていたとしても それぞれの飯粒が

べっとりして 水分が多すぎたら パラパラとは 呼ばない

逆に パサパサするまで 水分が飛んでいても いけない

飯粒の水分が ほどよく飛び なおかつ バラけている

その状態が 至高の ふわふわ パラパラなのです

「鍋の蓄熱量」に 応える鍋を ダバオで手にできた 

どの状態のご飯 炊きたてか 保温を使うべきか

はたまた 冷や飯でも パラパラは つくれるのか?

状態に分けて試作すれば 温かいご飯でしか

ふんわり パラパラは 作れなかった

チャーハン作りで謳われる「卵のコーティング」

90年代に「究極チャーハン」ブームを 巻き起こした

周富徳シェフは「卵のコーティング」を 語った

ダバオで食べる ジャポニカ米は

「もっちり」な 食感ですが

アジアの国のお米は もともと

「パラパラ」して やや固い 炊き上がりですから

しっとりさせる「卵コーティング」が 必要だった

さあ 完成させましょう

お店と同じ パラッパラぶりを 目指す