消えた駅弁、残った駅弁 鉄道の進化に左右された峠の名物の「その後」 ( 鉄道、列車 )

消えた駅弁、残った駅弁 鉄道の進化に左右された峠の名物の「その後」

7/24(火) 6:20配信

荻野屋の「60周年記念釜めし」(1500円)。タイやエビも入った豪華版。この機会にぜひ味わいたい(画像:齋藤雄輝)。

鉄道の歴史とともに歩んだ駅弁

【本記事は、旅行読売出版社の協力を得て、『旅行読売臨時増刊 昭和の鉄道旅』に掲載されたコラム「鉄道事情の変遷で消えた駅弁、残った駅弁」を再構成したものです】

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 2018年は慶応から明治へと年号が変わって150年の節目の年である。駅弁の歴史も140年以上を重ね、起源は諸説あるが、1877(明治10)年には梅田駅や神戸駅、1884(明治17)年には宇都宮駅で販売されたといわれている。20世紀から21世紀へ、世紀を越えて多くの人に親しまれている駅弁は、日本の食文化の一つとして鉄道での旅には欠かせないものとなっており、多種多様なものが販売されている。

 鉄道の延伸とともに、各地の駅に弁当を立ち売りする事業者が現れたが、機関車や車両の高性能化、線路などの設備改良で輸送状況が大きく改善されると、停車時間の短縮や別線経由の運転などにより、弁当が売れなくなってしまう。しばらくして、ひっそりと竈(かまど)の火を落としていく調製元が数多くあった。

 ここでは鉄道事情により廃業や移転を余儀なくされた調製元と、危機を乗り越えて現在も頑張っている駅弁屋さんを紹介したい。ご当地を訪ねた際には、その場で伝統の味を楽しむと、いつもとは違った旅の思い出が残ることだろう。

北陸本線の今庄駅、大黒屋の「御辨當」掛け紙。値段は15銭、神社や滝など周辺の観光名所が描かれている。

SLの停車時間に駅弁を販売

 明治の頃から昭和の中頃まで、長距離列車の多くは客車を蒸気機関車(SL)が牽引(けんいん)していた。動力がSLだと途中で給水が必要となり、峠越えを前にした駅では必ず数分間の停車時間があった。この停車時間こそ、駅弁を売るには絶好のチャンスで、かつての東海道本線山北駅(現・御殿場線)や北陸本線の今庄駅、信越本線の横川駅などがそうした駅だった。また、かつての鹿児島本線人吉駅(現・肥薩線)や吉松駅なども同様で、現在も昔ながらの弁当の立ち売りが行われている(※時間によるので訪ねる際には事前に確認を)。

 もう少し詳しく解説しよう。

 山北駅は、「天下の劔(けん)」と歌われた箱根越えを控え、補助機関車の連結が行われていた所で、全ての優等列車(特急列車、急行列車、準急列車など)が停車した。隣接する機関区にはSLが多数在籍していたことから「山北のスズメは真っ黒だ」といわれるほど、煙が絶えない場所だった。ここでは調製元の中川が、地元の酒匂(さかわ)川で獲(と)れた鮎を使った「鮎寿し」が人気を博し、特急列車の車内でも注文を受け付けていたほどだった。1934(昭和9)年12月、丹那トンネルが開通すると同駅は御殿場線の駅となり、優等列車は新しい東海道本線熱海駅経由で運転され、隣接する機関区の縮小と廃止、戦争のため鉄材供出により単線化されてしまう。そして名物の「鮎寿し」も、しばらくして消えてしまった。

 福井県の今庄駅は、1962(昭和37)年6月に北陸トンネルが開通するまでは、山中峠を越えて敦賀駅に至るルートの準備基地として機関区も置かれ、優等列車が必ず停車する駅だった。ここでは大黒屋(現・高野商店)の初代高野亀之輔が弁当の立ち売りを行っていた。

 北陸トンネルの開通によって優等列車が停車しなくなると、高野商店は販路を加賀温泉郷のある大聖寺駅に移した。ところが、近接する動橋(いぶりばし)駅にも特急列車が停車していたところから、1970(昭和45)年のダイヤ改正大聖寺駅と動橋駅の中間にある作見駅(現・加賀温泉駅)に特急を集約して停車させ、大聖寺駅と動橋駅には特急が停車しなくなってしまった。これにより同年、大聖寺駅から加賀温泉駅に移転し駅弁の製造販売を開始して現在に至っている。鉄道事情により2回も移転した例は稀(まれ)で、北陸を代表するカニを食材にした駅弁など多種販売しているほか、現在は金沢駅でもオリジナル弁当を売っている。

信越本線・横川駅でのかつての駅弁販売風景(画像:荻野屋)

新幹線が走る今も人気の横川駅「峠の釜めし

 群馬県にある横川駅は、長野までの北陸新幹線が開業した1997(平成9)年10月まで、碓氷(うすい)峠を越えるため全ての列車が停車して機関車の連結や解放(切り離し)が行われていた。同駅では、「峠の釜めし」で全国的に有名な荻野屋が明治の頃から新幹線開業時まで弁当の立ち売りを行っており、ホームで一列に並んだ販売員が去り行く列車にお辞儀をする姿が名物となっていた。

 輸送状況の急激な変化により廃業する駅弁事業者が数多くあった中、荻野屋は、ドライブインなど鉄路以外にも販路を確保して弁当の販売を継続している。2018年は、1958(昭和33)年2月1日に販売を開始した「峠の釜めし」の還暦を記念して、2019年1月まで「60周年記念釜めし」(1500円)を販売している。60周年記念の掛け紙が使われ、ドライブインの横川店や長野店のほか、土・日曜、祝日限定で東京・銀座の「GINZA SIX店」でも販売(平日は事前予約販売)。この機会にぜひ味わってみてほしい。

 信越本線は、1962(昭和37)年まで使われていたアプト式時代の旧線が「アプトの道」として整備され、かつて列車の交換が行われていた旧・熊ノ平駅まで歩くことができる。横川駅に隣接する「碓氷峠鉄道文化むら」には、碓氷峠をはじめ全国の峠で活躍した電気機関車などが保存展示されている。

 横川に来たら、季節ごとに販売されている特別な釜めしも買って「アプトの道」を歩いてみたい。「鳥もも弁当」(900円)や「玄米弁当」(500円)は現地と軽井沢駅でしか買えないものなので、食べ比べてみることをおすすめする。

 アプト式鉄道の頃から碓氷峠を通って母の実家へ帰省していた私にとって、「峠の釜めし」には特別な思いがある。「峠の釜めし」と私の誕生日が一緒というのも、何か運命的なものを感じさせる。

 そういえば、毎年、碓氷峠を通る度にトンネルの数を数えていたけれど、いつもいくつ通ったのか途中で分からなくなってしまった。多分「釜めし」を食べながら数えていたからかも知れない。

泉 和夫/旅行読売

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